もうなくなってしまったキャンパス・・・。

竹原ピストル知ってますか?最近はTBSの〝情熱大陸〟でも取上げられたミュージシャンなのでファンの方も多いのではと思います。

たぶん。。。僕が卒業した北海道の片田舎にある・・・あっ!違った!片田舎にあった大学の唯一の超有名人では?(ほかにもいたらすいません。)と思います。

彼は僕より七つも年下で、在学期間が被っているわけではないですし、もちろん全然知り合いでもなんでもありませんが、ググッて彼が同じ大学の出身とわかった時、スゴク感慨深く、なんとも言えない淡い感情が込み上げてきました。。。

 

その大学は彼が卒業した6年程あとに突然、北海道の道都、札幌市に引っ越してしまい、僕や彼が過ごしたキャンパスからは学生の姿が消えました。。。

(無使用の建築物だけ残っている幽霊館状態・・・)

青春時代を過ごした、オホーツク沿いの街も大きく変わってしまいました。。。

 

自分が学生の頃は、田舎の漁師まちも 不便な大学も大嫌いでした。。。

学校を出て社会人になってからも、出身校を聞かれた相手に「えっ!どこの大学?うん?どこの街?」っていう顔をされる度に〝はずかしい〟って思っていました。。。

 

それから・・・20数年経って、そのころのダメな自分を素直に受け入れられる年齢になりました。竹原ピストルの唄もグイグイ胸に刺さります。。。

もう一度、あの街を・あのキャンバスを歩きたいなぁ~。。。

叶わない想いだけど、最近は切に思います。。。

 

 

〝八月の歌〟から学んだこと

〝~テレビじゃこの国 豊かだと悩んでる。だけど俺の暮らしは何も変わらない~〟

浜田省吾さんの1986年に発売されたアルバム「J・BOY」に収録されている、

〝八月の歌〟の歌詞の一部です。

 

アルバムが発表されたこの年以降、日本経済はピークを迎え、5年後の

1991年後半に破綻するまで〝この国は〟「バブル景気」に浮かていました。

 

高校時代・・・いや青春時代は、はぼ〝浜省〟しか聴かなかった僕は

「J・BOY」の世界観に。。。〝八月の歌〟の警鐘にどっぷり浸っていきました。

だから。。。だから。。。今も、心豊かで生活が充たされているという

本当の意味を考えさせられます。

 

〝バブル〟の反省は薄れ、今度は情報化や効率化が必要不可欠と謳われ、

コミュニケーションすらITに依存する社会は本当に豊かですか?

サラリーマンのランチ代と同額くらいを、スマホの通信費に支払っている

昨今の生活は本当に充たされていますか?

 

僕がまだ幼い頃、昭和40年代後半~50年代のはなしですが、

僕の父親は僕が覚えてるいるだけで、7、8回職を変えるような人でした。

気に入らないことがあると、癇癪を起こし躊躇なく仕事を辞めていました。

当時は自覚していませんでしたが、いま大人になって考えると我が家は

収入的に、下級層だったんだと思います。

でも、そんな家庭でも 家は小さいながら新築の持ち家でしたし、マイカーも

カラーテレビも所有してました。玄関先には父親が、毎晩晩酌で数本飲む

大瓶のビールがケースで常においてありました。ビールですよビール!

発泡酒でも第3でもない!(笑) まー当時そんなものはありませんけどね(笑)

どうしてたいして収入もない家庭に、そんな生活出来たんでしょうかね?

現在(いま)は、たいして必要じゃないものに 時間やお金・・もっと大事なものを

奪われているんじゃないのかな?なんて・・・。

 

自分にとっての本当の豊かさや、大切なものってなんだろと、

周りに流されず考えるようなったのは〝八月の歌〟の影響だと思っています。

 

「意味も無く年老いてく、報われず裏切られ、何一つ誇りを持てないまま」

「こども等の肩を撃つ、飢えてゆく荒んでく、明日への誇りなど持てないまま」

 

自分がそうならないように・・・この国が多くのひとがそう思わない世の中に・・・

切にそう望んでいます。

 

 

 

 

実家にある大きな〝夢〟の額縁

ひとに誇れるものなど ほぼ無いに等しいが、同姓・異性問わずある程度

仲良くなった人に漏れなくするエピソードトークがある。

あまりその話を聞きたい感じないではない人にも漏れなくだ(笑)

 

酉年生まれで今年48才になる僕がまで中学生のころ、

昭和の大横綱大鵬〟が我が家に来たのだ!

僕の実家は北海道の道北地方にある人口5,000人ほどの田舎町だ。

それは1980年代初めのはなしで、今よりも何倍も〝大鵬〟の

ネームバリューが高かった頃の話である。

小さい町は大パニックになり、町中の色紙は売り切れ、知らない

人達が勝手に家に上がりこみ記念撮影をしていた(笑)。

大鵬は何しにそんな田舎にきたのか?僕をスカウトしに来たのです!

中学生としては大柄だった僕(たしか、身長178㎝ 体重90㎏くらいだった)を

当時 既に相撲部屋の親方だった大鵬が、どこからか聞きつけ直接訪ねて

くれたのです。

 

結論から言うと、当時相撲に全く興味のなかった僕はその場できっぱりと

スカウトを断りました。

ただ、その時の記念にと僕の家族と写真を撮ってくれ、〝夢〟と大きく書かれ

大きな手形を捺した額縁入りのサインをくれました。。。

 

その時の〝大鵬〟は現役を引退し10年以上経っており、さらには脳梗塞を患った

後で左半身に麻痺が残っている状態でした。

しかし、角界随一の成功者のオーラは 現役時代をリアルタイムで見ていない

中学生の僕にもヒシヒシと伝わって。。。。

30年以上経った今もその感覚は胸に残っています。

 

大鵬幸喜さんは2013年に死去されましたね。。。

中学生の僕に夢というものを伝えてくれた人でした。。。実家であの額縁を

見る度思い出します。。。

 

 

 

 

 

 

 

二人きりは家族?その場は家庭?

夫婦ふたりきりの生活は 家族っていうのかな?・・・

その生活の場は 家庭っていうのだろうか?・・・

 

ずーっと考えても答えはでないなぁ~。

今年で4回目の年男。。。48才。。。

 

「こどもが居なくたってちゃんと夫婦だし、その場所は家庭って言うんだよ!」って言う人の主張も、「夫婦でちゃんとこどもを育ててこそ、夫婦だし家庭だ!」って言う人の意見も〝ほどほど〟に理解できる年齢になったけど、、、本当はどっちなのか良くわからないや。。。

でも、反対に歳を重ねるほどハッキリわかっていくこともあるんだよね。。。

それは自分か・・・自分の奥さんのどちらかは、誰にも看取られることなく一人で最後を迎えなければならないこと。

カラダの衰えをハッキリ自覚できる今日この頃は(笑)そういう想いが、だんだん色濃くなってゆきます・・・。

 

だから・・・だから・・・ある日は「奥さんを一人で逝かせるのは可哀想だから、オレは健康でいて 絶対長生きをしよう!オレの腕のなかで逝かせてあげるんだ!」って思ったり、またある日は「いや、待てよ......。奥さんに散々迷惑かけてきたもんなぁ~オレが先に逝って、一人の人生を謳歌してもらったほうがいいのかなぁ~?」って思ったり。。。

そんなことを考える時間がだんだん増えていきます。。。

 

奥さんに直接そんな話をすることはありませんが・・・(笑)

 

やっぱり家族なのかな?毎日帰っている場所は家庭なのかなぁ?・・・。

自信はないけど、たぶんそうだね。。

最近 ネコも飼ったからずいぶん家族らしくなったし(笑)